ドラクエ4:epilogue

DORAGON QUEST IV
 ~導かれし者たち~ 
  
  epilogue


独り、生まれ故郷の村の入り口に立つ、エデン。
しばらくは言葉も無く、村に入ることもためらわれた。
判ってしまうからだ。

・・・・何を?

村に入れば、そこで暮らした記憶が甦ってしまうという事が。

やさしくも厳しかった村人達。
血は繋がらなくとも、本当に愛してくれた両親。

姉のように、恋人のように、いつもそばにいてくれたシンシア。

その全てが壊されたあの日のことも・・・。


どれだけの時間、立ち尽くしていただろうか?
やがて、エデンは村へと歩み入った。

ゆっくりと・・・。
少しずつ・・・。

しかし、一歩ごとに確実に甦る記憶と共に、村を歩いて周る。

いや・・・。

かつて村であった『場所』を。

何事か、考えがあって戻ってきたわけではない。
残りの人生をここで過ごすことになるのか、とか、感傷に浸るため、とか、
そういう類の心持ちでもない。

ここから始まったから、ここに戻ってきた。
ただ、それだけである。

共に旅をした仲間をそれぞれ送り届けた。
だから、自分の戻る場所に戻ってきた。



村が滅ぼされて、ほぼ1年。

『そう言えば、墓も作っていなかったな・・・』

ただ逃げるために村を出たエデンに、村人達の墓を作ってやる暇は無かった。
しかし、見渡す限り、人や家畜などの死体らしき物は見当たらない。

「魔物に喰われたか・・・」

村に入って最初の言葉だった。
あるいは、野生の獣によって食われたのかもしれない。
エデンにとってどれだけ大切な人達であろうと、獣にとって、それはただの
肉の固まりに過ぎない。

あの美しく、柔らかなシンシアの肉体も、魔物や獣に喰われたかと思うと、
怒りともいえぬ感情に、拳に力がこもっていた。



1年前までの毎日の暮らしを、体はまだ憶えているのだろうか?
あの悪夢の日までの、ほぼ毎日がそうであったように、エデンの足は、
村のほぼ中央に位置する、花畑であった場所に向かっていた。

そこは、かつては冬以外の全ての季節に合わせた花が、美しく咲き乱れる花畑であった。
しかし、今は焼け焦げた柵の残骸が残るだけの、ただの草地になっていた。

近づいてよく見ると、まばらに生える雑草に混じって、小さな白い花が咲いている。
以前は見なかった花だ。

その見知らぬ花は、そこがすでに以前の思い出の場所ではないのだと言う絶望感を
喚起させると同時に、その可憐さが、シンシアを思わせた。

それは悲しい。

しかし、小さく感動もした。

『こんな中にも、命は存在するんだな』

そういう事だ。


ほんの少しだけ盛り上げてある、その花畑だった草地に、いつものように柵に手をかけ、
いつものように、踏み入る。

その手の触れた、焼け焦げて炭になっている柵の、意外にしっかりとした手ごたえは、
なんとなく奇妙だった。

「炭が、水を吸って堅くなったのか・・・」

それだけ、ここが放置されていたと言うことである。
元々、誰にも知られないようにひっそりと暮らしていた村だ。
世間から隠れるその暮らしは、魔力による結界が張られていたためであるが、
村の位置自体が、そもそも世間から隔離されているような、山奥である。

そういう場所であるから、見知らぬ誰かに踏み荒らされなかったと言う感慨は、
多少なりと、複雑でもある。



天気のいい日は、いつも、シンシアがその美しく伸びやかな全身に日を浴びて、
横たわっていた。
眠っていたわけではない。
エデンが声をかけるまで、待っていてくれたのだ。

確かに人の形をしていながら、花々と溶け合うようなそのシンシアのひそやかな美しさが
好きだった。
そういうシンシアを眺めるのが好きだった。

シンシアは、そういうエデンを許し、受け入れてくれていたのだ。



かつて、そうしていた様に焼け焦げてしまった柵に寄りかかり、
今はいないシンシアの姿を想いうかべる。

途端、水を吸って多少堅くなったとは言え、やはり炭でしかないエデンの寄りかかった柵が、
弾け折れた。
乾いた音を立てて飛び散り、まばらな雑草の中に落ちて転がる。



しかし、エデンの体は倒れずに差し出した腕に支えられている。

いや、その腕も、地面に接してはいなかった。
目に見えないテーブルで支えているかのように、軽く開かれた右手は、地面からコブシ一つ分くらい
浮き上がっている。

時折、その体を支える腕に小さな青い稲妻が走る。
とっさに発動させた魔力で精霊を使い、体を支えているのだ。

その体が、ゆっくりと起き上がってくる。
その表情は、なにか寂しげで、自嘲気味の笑みに唇が歪んでいた。

「驚いたかい?シンシア・・・。今はこんな事が出来るんだ」

誰かに話しかけるような、優しい声が流れる。
エデンには、今はもういないはずの幼なじみの少女が見えているのかもしれない。

「たった1年しか経っていないんだけどね。いろんな呪文も憶えたし・・・」

エデンは、目を泳がせながら、語りかけていた。
その視線は、正面に立つ誰かを避けているかのようだ。

短く、沈黙をする。

「もし・・・・。もしも・・・、一年前にこの力があったら・・・」

再び、沈黙する。
その頬を、涙が伝う。

「・・・君を護ることが出来たのかな・・・」

語りたくない言葉だった。

自分が、もっと本気で剣の修行をしていたら・・・。
自分が、もっと本気で呪文の修行をしていたら・・・。

自分の運命に、もっと早く気付いていたら・・・。

どれだけ悔いを重ねたところで、誰も生き返りはしない。
けれど、エデンは気付いていた。

この言葉を語るために、自分はここに帰ってきたという事を。

いないはずの少女に、再び会うために。

しかし、エデンには泣くことしか出来なかった。



天空の血を持ち、その宿命に従って魔王を倒した少年の、心が引き裂かれるような涙を、
隠れるように見守る人たちがいた。
それは、それぞれが宿命を背負い、少年の運命を導き、共に血を流した7人の友である。

共に旅をするうちに、とてつもない過酷な運命を背負った少年の、その心の傷を知り、
独り離れていく背中を追いかけてきたのだ。

老魔法使いは、傍らの少女に小さく話しかける。

「よろしいのですか?」

後ろに青年神官をかしずかせた少女は、大きな目に涙を貯め、震える手を押さえながら
答えた。

「・・・大丈夫。エデンは、必ず戻ってきてくれる。・・・必ず」

だから、エデンの乗ってきた気球で待とう。
そういう約束をしてはいない。
けれど、エデンはきっと自分達のところへ帰ってきてくれる。

だから、今は待つんだ。


「エデンの帰る場所は、私達なんだ」



-END-




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